ー気にしすぎていた私の話ー
私が通っていた保育園は、
田舎町の外れにある小さな保育園。
子供の数もどんどん減って、
私が年長さんの時の園児数は、
たったの10人。
そのうち、私を含めた3人が女の子でした。
たしか、クリスマス会に向けての
準備をしていたときのことです。
女の子は白いワンピースに
頭にキラキラとした
冠をつけることになっていました。
その冠を3人で選んでいたとき。
私は、
これ!と思ったものがあったのですが、
女の子のひとりと被ってしまって。
その子は普段から
何かと意見をはっきり言うタイプ。
何を言われたかまでは覚えてないですが、
子供ながらに、
なんだか苦手な子だなぁと感じていました。
だから、その時も
言いたい気持ちはあったのに、言えなくて
その冠を譲ることに。
でも結局、
その様子を見ていた先生が
私が被りたかったことを察してくれて、
当日は、無事に被ることができました。
思い返してみると、
そんな幼い頃から私は
人と関わるときに
相手のことを考えることが
当たり前になっていました。
どうしたら嫌な思いをさせないか。
どうしたらその場がうまく回るか。
そんなことを、
特別意識していたわけではないけれど。
気づけばいつも、
周りに合わせる選択をしていた気がします。
それはきっと、
相手のことを大切にしたいという
気持ちからだったと思います。
でもあるとき、
ふと感じたんです。
「優しくしているつもりなのに、
なぜか少し疲れてしまうことがあるな」って。
例えば、
誰かに何かを頼まれたとき。
本当は少し迷う気持ちがあっても、
「大丈夫だよ」と
答えている自分がいました。
断ったら悪いかな、とか。
相手を困らせたくないな、とか。
そんなことを考えているうちに、
自分の気持ちは
後回しになっていた気がします。
その場では特に違和感もなく、
むしろ「これでよかった」と
思っていることも多かったんです。
でも、
家に帰ってひとりになると、
どっと疲れていることがあって。
「あれ、本当はどうしたかったんだろう」
って、あとから自分の気持ちに
気づくこともありました。
振り返ってみると、
私はずっと
「どうしたら嫌われないか」を
無意識に考えていたのかもしれません。
もちろん、
誰かを大切にしたい気持ちは
今でもあります。
相手の立場を考えたり、
できるだけ気持ちよく過ごしてほしい
と思うことは、
私にとって自然なことです。
でもその一方で、
“嫌われないように”
“空気を悪くしないように”
という気持ちが強くなりすぎると、
いつのまにか、
自分の気持ちが
置いていかれてしまうこともありました。
本当は少し疲れていても、
「大丈夫」と言ってしまったり。
本当は気が進まなくても、
その場の空気を優先して
合わせてしまったり。
そういう小さな積み重ねが、
気づかないうちに
自分を疲れさせていたのかもしれません。
最近になってやっと、
「優しいこと」と
「無理をすること」は
少し違うんだな、と
思うようになりました。
相手を大切にすることと、
自分の気持ちを後回しにすることは、
同じではないんですよね。
以前の私は、
その境界線が
あまり見えていなかった気がします。
だから今は、
無理に“いい人”でいようとするよりも。
「私はどうしたいんだろう」
って、
自分の気持ちを
ちゃんと確認することを
大切にしたいと思うようになりました。
もちろん、
今でも気を遣いすぎてしまうことはあります。
あとから
「ああ言えばよかったかな」と
考えてしまう日もあるし。
相変わらず、
周りを気にしてしまう自分もいます。
でも、
そんな自分を否定するのではなくて。
「また頑張りすぎてたかも」って、
少し引いて見られるようになったことで、
前よりも
気持ちが楽になってきた気がしています。
これからは、
相手のことも大切にしながら。
自分の気持ちも、
ちゃんと置いていかないように
過ごしていけたらいいなと思います。
今日はここでおしまいです。
最後まで読んでいただき
ありがとうございました。

