役割探しをやめた日

一緒に過ごすメンバーによって、

私はいつも、

自分の役割を

無意識に探していました。

例えば、

会社の同僚との飲み会。

その場にいる人たちの

性格を把握して、

自分がどんなポジションで居れば

その場がスムーズに進むか、

瞬時に考えてしまうんです。

友人と二人で会うとき、

その友人がどんなタイプかによって

対応を変えたり。

本音ではリーダー役は苦手なのに、

その場に適任がいないと

率先して引き受けてしまうこともありました。

いつしか周りからは

それが「得意な人」と見られて、

私自身も

苦手意識をもっていただけなのかもしれない、

と思うようになっていました。

そんなことを当たり前にしてきたら、

気づけば私は、

「その場の私」を生きることに慣れてしまっていたんです。

人によって対応を変えてるので、

もしかしたら私って多重人格?

なんて疑ってしまうことも。

さらに私を悩ませたのは、

強すぎる責任感です。

その場が盛り上がらなかったり、

なんだかんだで丸く収まったとしても、

私が上手く立ち回れなかったせいだ、とか

もう少し計画をちゃんと練っていればよかった、とか。

どんな結果になっても、

うまくいかなかった理由を

すべて自分の中に探してしまう。

そんな思考が、

いつの間にか

私を苦しめるようになっていました。

責任感が強くなりすぎると、

それが

自分で引き受けた役割だったとしても、

だんだんと

周りにとっては

「あるのが当たり前」

みたいな空気になっていきます。

本当は誰かに頼まれたわけでもなく、

私が勝手にやっていただけなのに。

わかってはいるのに、心のどこかで

「こんなに気を配っているのに」

「もう少し協力してくれてもいいのに」

そんな負の気持ちが

じわじわ溜まっていって。

口には出さないけれど、

察してほしい、という期待だけが

自分の中で

膨らんでいくこともありました。

今だから言えるのは、

「好きでやってたわけじゃない」

ってこと。

当時の私は、そのことに気づきませんでした。

私が、そういった自分の違和感に

初めて気がついたのは、

就職活動でエントリーシートを書いていたときです。

私の長所ってなんだろう、、、

リーダーシップがあるところ?

縁の下の力持ち的存在?

責任感が強くて、最後まで成し遂げるところ?

どれもなんだか腑に落ちなくて。

結局そのときは、

その違和感を

はっきり言葉にすることも、

解決することもできないまま、

私はずっと

同じやり方を続けてきました。

周りが求めている

「その場にちょうどいい私」になりきれないことが、

どこか苦しくて。

それでも理由がわからないまま、

自分の中にある違和感だけを

見ないふりしていたんです。

HSPという言葉を知ってから、

少しずつ

自分の本心と向き合うようになって。

その中で気づいたのは、

本来の私は、

もっと自由に生きたい人なんだ、

ということでした。

冷静に考えてみれば、

誰かに

その役割をお願いされたわけでもありません。

私が勝手に

「こうした方がいいよね」と役割を引き受けて、

勝手に苦しくなっていただけ。

きっと、

役割を担わなかったとしても、

誰かに責められることは

なかったんだと思います。

だから今は、

自分から進んで

役割を探しにいかないよう、

意識しています。

正直な話、

「あれ、なんか前と変わった?」

と周りから思われるかもしれないことが、

少し怖いです。

それでも、

私がやらなくても、

案外なんとかなる。

これくらいに思っていられることが、

考えすぎてしまう私には、

ちょうどいいのかもしれません。

今日はここでおしまいです。

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました。

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