ー考えすぎてしまう私が気づいたことー
子供の運動会が無事に終わった帰り道。
ほっとしたのも束の間。
本来であれば、
子供の頑張った姿をじんわり思い返して
夫と感想を言い合ったりしたかったのですが、、、。
実はその前に、
私の頭の中では静かに
別の反省会が始まっていました。
ふと思い出してしまうのは、
子供が頑張ってる姿よりも、
同じクラスの保護者の方々とした会話や表情、
間合いや空気感で。
私の振る舞い失礼じゃなかったかな?とか、
あのときの挨拶の感じ冷たかったけど、
私って嫌われてる?とか。
そんな思考がぽつぽつと
湧き上がってきてしまったのです。
あ、またこれだ。
私はいつもそうやって、
人の裏側にある不確かなところにまで
意図を探してしまう。
自分の気質を理解してきてからは、
そういったときに
一旦立ち止まることが
少しだけできるようになりました。
立ち止まる、といっても
息をしているように自然に
その思考ははじまってしまうし、
急には止まれません。
ブレーキをかけてから、
それでも止まらなくて。
スピードを落としながら、
ゆっくりゆっくりと
やっと止まってくれます。
そして、今回も。
きっとすぐには切り替えられないけど、
この不安はいつか止まってくれるだろう。
そんなふうに、
思考が落ち着くきっかけを
探していたとき、
ふと頭に浮かんだんです。
「今日ここに来ていた保護者の中で、
運動会が終わったあとに、
私とのやりとりを思い返している人って、
一体何人いるんだろう?」
って。
きっと家に帰ったあとは、
「あのリレー頑張ってたな」
とか。
「緊張してたけど成長したな」
とか。
そうやって
子供の姿を思い返している人の方が
圧倒的に多いはずで。
そう思ったら、
なんだか急に肩の力が抜けたんです。
もちろん、
相手への配慮は必要だと思います。
それでも私はときどき、
相手の反応から
「こう思ったかもしれない」と
勝手に想像して、
ひとり反省会を開いてしまうことがあります。
でも実際には、
私が気にしているほど、
相手はその出来事を
気にしていないことの方が
多いのかもしれません。
あの日、
私が頭の中で何度も思い返していたやりとりも。
相手にとっては、
運動会のたくさんの出来事の中の
ほんの一場面だったのかもしれない。
そう考えたら、
私ももう少しだけ、
子供の頑張った姿に
意識を向けていいような気がしました。
運動会の日。
みんなそれぞれ、
我が子の成長を見つめていたんですよね。
だから私も、
保護者同士のやりとりを反省するより。
一生懸命頑張っていた
子供の姿を思い返していたい。
そんなふうに思えたのでした。
今日はここでおしまいです。
最後まで読んでいただき
ありがとうございました。
