「普通」だと思っていた私が、生きづらさに気づくまで

正直なところ、

自分はどこにでもいる

「普通の人」だと思っていました。

普通という枠の中に、

なんとか自分の形を合わせて

やってきたんです。

普通が何かもわからないまま、

なんとなく周りの「普通」を感じ取って、

「これでいいよね」

と言い聞かせながら。

でも、社会人になって、

仕事という場所に身を置いたとき、

何かが少しずつ噛み合わなくなりました。

人と同じようにやっているはずなのに、

どうしてこんなに疲れるんだろう。

どうしてこんなに気を張ってしまうんだろう。

気持ちの揺れが、仕事のミスとして出始めたとき、

もしかしたら

私は何かおかしいのかもしれない、

そんなふうに考え始めていました。

しばらくして、

自分の状態を振り返る中で、

「生きづらい」という言葉に出会いました。

それは、

どこかで感じていた違和感に

名前をつけてもらえたような感覚で。

その言葉が、

当時の私には、

不思議としっくりきたんです。

その頃はまだ

HSPが広まっていなかったので

私は「生きづらい」

という表現を使って

悩みや愚痴を友人に聞いてもらっていました。

「会社でこういうことがあってさ〜」

「私って本当生きづらいわ!笑」

みたいな風に。

自分の重たい感情を

少しだけフランクに

笑いを交えながら

口に出せるようになったのは

大きな変化だったのかもしれません。

ただ、

笑って話せるようにはなったものの、

心のどこかでは、

この感覚をきちんと理解できていない

もどかしさも残っていました。

そんな中で、

自分の感じてきたことを

誰かに説明するためではなく、

自分の言葉として

一度、整理してみたいと思うようになりました。

同じように、

「うまく言えないけど、なんだかしんどい」

そんな感覚を抱えている人が、

もしかしたらいるかもしれない。

私にとってこのブログは、

立ち止まりながら

自分の感覚を確かめていく場所でもあります。

そしてそれは、

しんどさだけに目を向ける、ということではありません。

人に優しくしてもらったとき

友達とお酒を飲みながら、

昔話をしているとき

街で見かけた赤ちゃんが

ニコッとしてくれたとき

胸がじんわり温かくなって

本当に私って幸せものだなぁ

と感じる瞬間があります。

「大袈裟だよ〜!笑」

と笑われることもあるけど、

そういった

ポジティブな感情にも

きちんと目を向けながら。

もしここに、

「あ、わかるかも」

そう思える一文があったら、

それだけで十分だと思っています。

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

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